Quantum Jump

雑踏に飲まれそうになりながらも必死にもがくブログ

Start from Scratch (WordPressより移行)

アメブロ以降なかなか新しいブログが定まらない。なので汎用性がいくらか高いWordPressに変えました。公開するかは末定です。

ってかフォントゴミだな。

2年生のあんどりゅーごみくず期間があったお陰か、最近いろいろ行動ができている。特に今回は将来や自分が前々のさらに前からやりたかったことに直結しているからインパクトが大きい。

ゼロからのスタート。

まさにそうだ。今までやりたいとか楽しいと思ったことが一気になくなって、自分がどこを歩んでいいのかわからなくなった。SAGOJOに入ってからそれが顕著になった。自分というものに一切の色を感じなくなったし、なんなら適当に就職してそのお金でその場しのぎの楽しさを生きがいに生きていけばいいやと思っていた。

まあ人は面白いように変わる(特に俺)

一風変わったどん底(絶望に打ちひしがれないあたり手強い)があったお陰で2年生は地元の友達と首都高速と峠を攻めることで終わった。先述した通りこんな生き方でもいいかなって思っていた。

 

 

今思い返すといろんな人が(特に大人)俺らの未来を、行動を、決定を明確にしたがる。

何がしたいの?

どんな目的なの?

なんのためになるの?

 

うるせーーーー!!!

 

ふざけんな!まだ学校っていうクソみたいに閉鎖された空間でしか生きてきてない(大学は幾分視野を広げられるが)のに無理に決めさせようとすんな。

って最近思った。

 

俺らは何も知らない。真っ白なわけだ(机上の知識は他に比べたらある)

それなら真っ白なまま直感で思ったことを行動してもいいのではないか。もしいろいろ明確にすれば知らず知らずのうちに自身の可能性を減らしてしまうことにつながる(俺は営業向いてなさそうだからいいやとか、みんなこっち行くし俺もそうしようとか)

けどそれってもったいなくない?
というのもやってみたら意外と学べたことって多くないですか。第一印象最悪な人間って後々仲良くなること多くないですか?

それに似たようなことって大学生のインターンや進路、また自分の本質との交渉の上で絶対起きると思うんです。

例えば業種を選ぶときなんとなくこれがいいからとか、ゼミでこれを学んでいるからとか、無意識に選択肢を狭めている気がしてならない。それがなければいろんなことに挑戦できていろんなことを吸収できる。そこで初めて自分の選択が出来ると思う。

なぜならばそこには雑種な経験があるから。

 

これ書いているとき図書館閉館して途中から書いたからまとまらないや。

 

最近前みたいなうぉぉぉぉ!ってのが少ないからもっともっといろんなことに憤って行こう。